
基本情報
公開年 | イタリア1972年 日本1973年 |
製作国 | イタリア・イギリス |
ジャンル | 伝記・歴史ドラマ/宗教 |
監督 | フランコ・ゼフィレッリ |
出演 | グレアム・フォークナー |
ジュディ・バウカー |
概要
フランシスコ会という著名な修道会の創始者であり、中世イタリアで高名な聖人アッシジのフランチェスコの伝記歴史ドラマ。
一人の平凡な青年がアッシジの内乱を経験し、PTSDのような状態になった時に神の声を聞き、現世的な欲望や執着を捨てて聖人になっていく様子や、周りから狂人と思われながらもローマ教皇から異端ではなく仮認可を受けるところまでを描いている。
監督は名匠フランコ・ゼフィレッリ。ルキノ・ヴィスコンティ監督の元恋人でもあり、「ロミオとジュリエット」の中でも最も評価の高いオリビエハッセー版を生み出すなど、史劇的な装置を美しく見せる手腕は特に秀でる。
今作は宗教の映画であるにも関わらず思想の押し付けや説教的な雰囲気が薄く、一人の青年が全力で駆け抜けた「青春映画」として見られ評価の高い作品。
あらすじ
ある青年が戦場から故郷のアッシジへ帰ってくる。どうやらよほど酷い目にあったのか精神が極度の錯乱状態に陥っている。この青年が主人公のフランチェスコである。
フランチェスコは錯乱した精神に過去の様々な思い出が入り乱れる。戦争に行く前の少年時代。貴族出身の母親と、裕福な織物商だった父の間で何不自由なく暮らした少年期。戦争に出征した晴れやかなあの日※1、鋼鉄の甲冑を見に纏い、村のみんなに羨望と期待の眼差しを向けられた日。そして戦争で地獄のような目に遭い、逃げ出してしまった日。
帰郷してからのフランチェスコは、無口になり動物や植物にだけ話しかけ笑顔になり、「ブラザーサン、シスタームーン(兄弟たる太陽よ、姉妹たる月よ」)と歌いだす※2など、村のみんなからは奇行だと噂される。しかし村娘のクララだけはそんな彼に対し、「あなたは狂人ではなく、戦争に行く前の方がおかしかった」と慰める。
クララは、死の谷(※3)に行き、食べ物を恵むなど情け深い少女だが、患者たちの病に侵された顔を見たフランチェスコはフラッシュバックし錯乱状態になる。
そしてまた別の日には、織物商である父の雇っている奉公人たちが染色をしている作業場に侵入し、彼らのやつれきった様子を目にした時にもフラッシュバックが起こる。
そしてフランチェスコは聖なる道に目覚め、父の蓄財を窓の外に放り投げ貧しい人に全て与えようとし、父と口論になるが、フランチェスコは着ている衣服すら全て脱ぎ捨て全裸状態になり、あなたに富と家族の縁をお返しすると宣言し父子関係を捨て出家してしまう。
フランチェスコは戦争で破壊され荒れ果てたサン・ダミアノ教会の廃墟を歩いている時に、教会の再建をするよう主の声を聞き、教会再建をはじめる。
再建を始めたはいいが、村では彼の評判が高まり徐々に彼の運動に参加する弟子が勝手に増えていく。村の司教はそれを快く思わず、教会に火を放ち弟子を殺してしまう。
そしてとうとうローマ教皇の聞き及ぶことになり、フランチェスコ一味はローマに出向き教皇に謁見する。司教たちはフランチェスコが異端者として罰されることを予想していたが、その予想に反して教皇はフランチェスコの話聞き彼は本物である、と認める。
※1 13世紀北イタリアでは、諸都市がローマ皇帝(皇帝派)とローマ教皇(教皇派)に分かれ都市同士の内乱をたびたび起こしていた。この歴史を下敷きにしている他の有名な例では、キュピレット家とモンタギュー家の抗争を描いた「ロミオとジュリエット」もまさにそうとされている。のちに「ロミオとジュリエット」を監督するフランコ・ゼフィレッリは当然知っていたのかも?
※2 フランチェスコが残したとされる「太陽讃歌」と言われる詩、またはそれを元にした讃美歌の歌詞。現在でも時々歌われている。
※3 死の谷 業病、現代ではハンセン氏病の名前で知られるが、当時は不治の病であり、差別の対象であった。映画「ベンハー」などにも同じ描写があり、ハンセン氏病患者を隔離している地域が「死の谷」と呼ばれている。
タイトルについて
ブラザーサン シスタームーンとは、フランチェスコが残したとされる「太陽讃歌」と言われる詩の内容から取られている。兄弟のような太陽、姉妹のような月、他にも風など、自然界の全てのものが、主の創りなさった被造物であり兄妹なのだ、という一体感、調和した心や生き方を歌っている。
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