さらば、わが愛/覇王別姫 (1993) 中国映画の地位の確立

中国映画

概要

チャン・イーモウと共に中国映画界の第五世代と呼ばれた陳凱歌(チェン・カイコー)が世界的に知られるきっかけとなった傑作。1993年カンヌ映画祭パルムドール受賞。

日中戦争(1937〜1945)、文化大革命(1966〜1976)という激動の中国の歴史を通して、伝統芸能京劇に青春を捧げた若者の青春の挫折と人生を描く。

あらすじ(ネタバレ)

・幼少期(日中戦争以前、中国国民党_孫文&蒋介石の時代

1920年代の北京、女郎の私生児である小豆子(シャオドウズ)は、父がおらず母親が売春婦で養うことができないため、孤児院がわりに京劇の俳優養成所の試験を受けさせられる。小豆子は多指症※1のため、一旦は試験に落ちるが、母親がその場で指を切り落として合格する。

小豆子は体が小さく、女の子のような見た目でまた捨子同然なため、仲間からもからかわれる。そんなからかいから守ってくれたのが「石頭」(シャオシートウ)だった。小豆子は石頭を精神的に深く頼りにする。また、俳優の稽古では石頭は最遊記の孫悟空。小豆子は三蔵法師を演じる。

小豆子は女形として厳しい稽古を受け、「私は女として生まれ」というセリフを幾度も練習させられるが、つい「男として生まれ」と間違ってしまう小豆子は厳しい罰を受ける。

厳しすぎる稽古が嫌で、小豆子は仲間の小癪と共に脱走を図る。施設の中では食べられない砂糖づけのサンザシを買ったり、街で流行りの劇を観劇して自由を謳歌するが、その劇は、項羽と虞美人の恋を描いた「覇王別姫」※2。どんな苦境でも項羽を捨てて逃げない虞美人を見て、小豆子は自分は石頭を施設に置いたまま逃げたことを思い出し感動し施設に戻ろうと決める。二人は脱走した罪できつい折檻を受け、小癪はとうとう耐えきれずに自死を選んでしまう。

そんなある日、子どもたちは元西太后の宦官の招きで京劇「覇王別姫」を披露する。小豆はまたしても「私は男として生まれ」とセリフを混同してしまうが、石頭がそんな小豆子を泣きながら折檻する。大好きな石頭が項羽を演じ、自分は虞美人として彼に怒られることによって小豆子はさらに女性化していき、それに伴って見事なまでに覇王別姫をうまく演じ切ることに成功。

小豆子は宦官に性接待を強要される。女形が性接待を受けるというのは当時では珍しいことではなかった。その接待の帰り道に捨子の小四を拾う。悲しそうな小豆子に対して師匠は「運命に逆らうな」とだけ言う。

こうして小豆子と石頭はトップスターとなっていく。

・青年時代(日中戦争へ突入)

小豆と石頭の二人は成人し、小豆=程蝶衣(チェン・ディエイー)と石頭=段小楼(ダン・シャオロウ)と名乗っている。

時は日中戦争に突入する直前で、北京では抗日運動が盛んになっており、劇なんてやらずに運動に参加しろと周りからは煽られるが二人は無関心で劇にだけ夢中。

そんな中、段は楼閣の美女・菊仙と結婚する。程は愛する段を奪われ嫉妬に燃える(また、自分を捨てた母親が同じく水商売だったことも嫌悪感につながっている)。ここから複雑な三角関係がはじまる。

程は京劇会の重鎮である袁世卿という郷士に取り入り枕営業をし人気を維持する。(袁世凱の実子がモデルとされている)

そうこうしているうちに日本軍が北京まで侵攻してくる。段は日本軍が気に食わず日本の将校を殴り牢屋へ。程は、段が菊仙と別れるという条件をつけて日本軍に裏工作し段を釈放させるが、段はそれ以降役者をやらないようになり疎遠となる。程は一人失意の中アヘンに溺れていく。

・日本の撤退と国民党軍の入城

第二次世界大戦が終わり、日本軍が撤退していくと同時に次は国民党軍が北京に入場してくる。しかし、国民党軍の振る舞いは日本軍にも増して横暴なものだった。程は日本軍と取引をしていた、裏切り者の漢族というかどで(と呼ばれる)裁判にかけられる。

段は程を助けるために、袁世卿に有利な証言を依頼、袁世卿は引き受けてくれるが、当の程がそれを快しとせず、裁判でも「日本人の方がマシだった」と国民党を堂々と挑発するような破滅的な発言を繰り返し有罪となる。程は芝居も奪われ重度のアヘン中毒者となる。

程は意識が朦朧とする中、解放してくれる菊仙のことを「母さん」と呼ぶ。程と菊仙の不仲はこの辺りで一時解けていく。程は菊仙と段の介抱によって、とうとう麻薬中毒を乗り越える。

・中国共産党の時代(文化大革命)

そして国民党が敗れ、最後に共産党がやってくる。

程は舞台復帰を果たすものの、共産党は共産主義的リアリズム、労働者がメインでなければならないため、貴族好みで派手さが売りの京劇の内容にも検閲を入れ活躍の場を奪われる。

一方その頃、かつて捨子として拾った小四はたくみに共産党に取り入り、反共分子を密告などすることで、一気に程を凌駕したスターに上り詰める。

文化大革命※3の波はさらに強まっていき、袁世卿は重鎮として死刑となる。また、程や段も反共分子として槍玉にあげられ、市中引き回しにされ自己批判を強要。

段は「程は袁世卿と肉体関係にあった」と程を弾劾。

それに怒った程は仕返しに「段の妻は娼婦であり共産主義の敵である」と言い返す。共産党員はそれは本当かと段に問いただすと、段は命乞いのために「妻とは別れる」と口走る。菊仙はそれを聞きショックを受け自殺してしまう。

一方、スターになった小四も無事では済まず、兄弟子であった程の衣装や宝石を楽しんでいるところを毛沢東主義者に発見され、処刑される。

11年後の1990年、ようやく程と段の二人が体育館で「覇王別姫」の稽古をしている。虞美人を演じている程は劇の内容通り、項羽が背中を向けている間に剣を抜き自分を差し貫く。振り返った項羽を演じる段はひとことだけ「豆子」と呟き幕が閉じる。

※1 多指症(たししょう)・・指が6本以上ある障害

※2 覇王別姫・・・明代の沈采が書いた歌劇。命を救ってもらった項羽に対して生涯恩義を忘れなかった虞美人の物語。いわゆる四面楚歌で漢に追い詰められた楚の項羽と妾の虞美人の最後を描いたもので、虞美人は最後自刃する。主人公は項羽であるが、虞美人の方が人気らしい。

※3 1966年に始まった毛沢東主導の文化運動。共産主義に基づかない旧王朝までの有形・無形文化を次々に破壊していった運動。スパイの密告のような形で次々自己批判をさせられ多くの人が処刑された。

関連映画

「活きる」・・・同世代のチャン・イーモウ作品。日中戦争や文化大革命に翻弄された男の人生を描く。

「ラスト・エンペラー」・・・大体同じ時代を最終皇帝・愛新覚羅溥儀の目を通して描かれる。本作の監督陳凱歌がカメオ出演もしている。

「国宝」・・・直接物語には関係しないが、伝統芸能と女形という面では共通点が見られる。

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