概要
クエンティン・タランティーノ監督の第9作目であり、イングロリアスバスターズと同じく歴史改変もの。タイトルは、タランティーノも愛したセルジオ・レオーネ監督のワンス・アポン・ア・タイムシリーズより。
タランティーノがかねてから愛し続けた西部劇(特にマカロニウエスタン)からの豊富な引き出しを、ハリウッドの内幕と混ぜ合わせ、さらにアメリカの歴史(改変)すら包含した一大傑作となっている。
あらすじの要約(ネタバレ)
あらすじが膨大なため、要点・ワードだけかいつまんで先に説明します。
・ヘイズコードの撤廃と西部劇の衰退
この映画は1969年のカリフォルニア州ハリウッドを舞台としています。69年といえばジミヘンのウッドストック・フェスティバルが開催された年でもあり、世の中は若者たちがロックンロールとヒッピーカルチャーに沸きあがっていた時代。この大きな社会の変動はハリウッドにも及んでおり、この年からヘイズコードと呼ばれていたハリウッドの自主規制のルールが撤廃されました。これによって、映画はこれまではタブー/教育上悪いからダメとされていたような表現が増えて新たな時代に入っていきます。
それに伴いアメリカの映画の中で最も伝統があり、日本で言えば時代劇の西部劇が衰退、69年公開サム・ペキンパー監督の「ワイルドバンチ」が”最後の西部劇”などと呼ばれたりもします(その後も作られていますけど)
主人公リック・ダルトン(演:レオナルド・ディカプリオ)は、もともと西部劇をやっていたアクション系俳優ですが、西部劇の衰退とともに人気がなくなり、イタリア製のマカロニ・ウエスタン*1にしかもう依頼がないという俳優の設定。モデルはバート・レイノルズ。実際にレイノルズはハリウッドよりもマカロニ・ウエスタンでヒットした肉体派の俳優でした。
・朝鮮戦争とベトナム戦争、二つの戦争
もう一人の登場人物クリフ・ブース(演:ブラッド・ピット)は、朝鮮戦争の英雄と呼ばれています。戦争で大活躍しましたが、戦争の後カリフォルニアに復員して今は映画のスタントマンの仕事をしています。
朝鮮戦争で地獄を見て帰国すると新しいアメリカはベトナム戦争に突入し、若者たち(特にヒッピーたち)は髪の毛を伸ばしこぞって「戦争反対」「フラワーパワー」を叫んでドラッグに明け暮れている。ブースから見れば、そんな口だけの怠惰な若者たちのラブ&ピースで、おっさんたちを老害扱いするのを好意的に見えるはずもなく、若者たちを侮蔑の眼差しで見ています。
・チャールズ・マンソン教団とシャロンテート殺害事件
そんなヒッピー集団の中でも、特に狂信的だったのがチャールズ・マンソンです。もともと西海岸でミュージシャンを目指していたものの、なかなかチャンスに恵まれずスターたちを逆恨み。
彼はマンソン・ファミリーというカルト教団を率いて集団生活をし、ビバリーヒルズにあった豪邸を適当にターゲットにして襲撃。女優のシャロン・テートを襲撃・殺害してしまいます。このシャロンテートの当時の夫が「ローズマリーの赤ちゃん」や「テス」「戦場のピアニスト」で有名なロマン・ポランスキー監督でした。この事件はハリウッドの闇として、ブラックダリア事件などと並んで極めてショッキングでアイコニックな事件でもありました。(70年代はタクシードライバーなど暗いテーマの映画が増えていきます)
本作のワンハリでは、そのシャロンテート事件を、リック・ダルトンとクリフ・ブースの2人が未然に防いでシャロンを助けカルトをやっつけてしまうという大変豪快な歴史改変物語となっています。
上述したように、リックは西部劇時代の映画スター、そしてブースは朝鮮戦争の兵士で映画関係者、この両輪が、浮ついたヒッピーや頭のおかしいマンソンをぶっ倒す、ハリウッドはちんけな左翼やカルトに負けはしない、という強いメッセージともいえますし、タランティーノが愛した西部劇も、(本当は歴史的には衰退してしまったんだけれども)まだまだ若いやつなんかには負けないカッコよさがあるんだ、という彼の願望と見ることもできます。
*1 マカロニ・ウエスタン(スパゲッティ・ウエスタン)・・60年代後半から始まるイタリア製の西部劇。アメリカ製の西部劇に比べて歴史考証など薄くB級感に溢れるものの、華麗なアクションやマフィア映画ばりの癖の強い美学、さらにアメリカの白人よりメキシコなどのヒスパニック・有色人種が活躍するなどアンチアメリカ帝国主義とも取れるような反抗的メッセージも特徴で、本家の西部劇よりも好むファンも多数存在する。
関連作品
ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ザ・ウエスト(1968)
セルジオ・レオーネ監督、邦題は「ウエスタン」。マカロニウエスタンの傑作で、アメリカの伝説的なアウトロー(ヘンリー・フォード)を、ハーモニカというあだ名しかない名もなきメキシコ人(チャールズ・ブロンソン)が殺して兄貴の復讐を果たす物語。アメリカンガンマンをメキシカンが倒してしまうという意味で、マカロニウエスタンらしくアンチハリウッド、アンチ西部劇を体現している。
ジャンゴ(2012)
タランティーノの第7作目。こちらもマカロニウエスタンへのオマージュ。タイトルは「続・荒野の用心棒(英題:Django)」からきている。
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