概要
溝口健二監督が歌舞伎を題材とした村松梢風の同名小説を映画化。モンタージュをあまり用いず、ワンシーンを長回しや歌舞伎座の高低差の豊富な室内や、東京柳町の川沿いの色街など広い空間を、カットをかけないまま数分にわたり動線を移動しながら持続的な演技をする特徴的な撮影方法を用いている。脚本は溝口とのコンビも長い依田義賢。悲恋・メロドラマを通しながらも太い人間ドラマを描く素晴らしい技術を発揮。ロミオとジュリエットや、野菊の墓に比較されるような純愛ドラマに仕立てている。
あらすじ(ネタバレ)
・跡取りなのにまさかの「ド下手」
名跡である5代目尾上菊五郎の養子であり、跡取りと目されている尾上菊之助が主人公。跡取りという立場から、周りのみんなは常にお世辞ばかりを言い、また菊之助本人もお世辞を真に受けて天狗になってしまっている。歌舞伎の芸は世間から見てひどいもので父親の菊五郎はそのため講演のたびに不機嫌になるが、誰もはっきりと菊之助にそのことを言えない。
菊之助は呑気なもので柳橋(かつては花街だった)の女郎屋に通い、うつつを抜かしていたが、ある晩夜遊びをして深夜に帰っていると、女中のお徳と道で出会う。お徳は大層親切な女であったため、菊之助が世間からどれほど影で馬鹿にされているのか、また実際どれほど歌舞伎の演技が下手であるかを包み隠さずに菊之助に打ち明ける。
菊之助はそれを聞き、怒るどころか、はじめて自分のことを親身になって批判してくれる人間と出会い感動し、心を入れ替え花街通いも控えるようになる。
・冷たい世間
しかし、菊之助が急に花街に行かなくなったことを周りは勘繰り、お徳と良い仲になったからだろうと勝手に邪推。
お得は奉公人の身分のくせに、若旦那に言い寄って名跡の女房になるつもりではないかと噂が立ち、それを聞いた女将さんからも冷たくあしらわれ暇に出され(クビ)お徳は行方がわからなくなる。
・芽生える恋
お徳が行方しらずになってから、若旦那はお徳を恋焦がれるようになり、彼女の居場所を突き止める。そしてお徳に結婚を申し込む。
しかしそのことが原因で菊之助は親戚一同から大激怒され、とうとう勘当(縁切り)まで仄めかされ、しかたなく菊之助は故郷を離れ大阪の尾上多見蔵(たみぞう)の元へと単身修行へいく。
・大阪時代
多見蔵はきっぷのいい面倒見のいい親分肌だったが、何分菊之助には実力がなく、親の威光(人気)が届かない上方の舞台で1年出演してみたものの評判は最悪。
それを見かねたお徳がまた訪ねて来、二人は晴れて正式に夫婦となる。二人は貧しいながらもお徳の生活費で鏡台を買うなど慎ましい生活をする。
しかしすぐに生活が行き詰まり、夫婦揃って旅芸人の身に落ち4年が過ぎる。
・4年間で変わる菊之助
旅芸人をやるうちに菊之助は人間的にも底辺となり、相変わらず甲斐甲斐しく支え続けるお徳にさえツラくあたるなど、救いようがない人間になっていく。お徳は貧しい暮らしで胸を病んでしまう。
・「積恋雪関扉(つみこいゆきのせきのと)」で人生初の成功へ
なんとかしたい一心の徳は、かつての菊之助の親友福助に頼み込み、なんとか一度だけでも再起のチャンスをくれないかと頼み込む。その思いに打たれた福助は、今度の演目「関扉」の傾城墨染(けいせいすみぞめ。けいせいとは国が傾くほどの美女の意味)の役を菊之助に託し、役者人生ではじめて菊之助は成功らしい成功を収める。
・成功の裏の秘密
しかしその役を与え東京復帰をサポートする条件として、秘密裏にお徳とは別れることが条件にされており、お徳はひとりでに行方を消し、かつての大阪の家で病に伏せることになる。
そして東京への凱旋を果たした菊之助に対し、最後は父が逆にお徳の元へ行け、恩を返せと説教し、菊之助は涙を流しながらお徳の元へと向かうが、お徳の病は想像以上に悪化していた。奇しくもその時大阪では「船乗り込み※1」が開催されており、お徳は船乗り込みにいくように菊之助を説得。菊之助が船乗り込みをしている最中にお徳はこときれてしまう・・。
※1 船に乗り込み歌舞伎役者が挨拶をする、公演の開幕時に行う行事で大阪や福岡などで行われた。
関連作品
「国宝」(2025) 李相日監督
・・・原作が本作の影響を受けて書かれている。
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